第9章 社会福祉とイデオロギー

*『ソーシャルワーク研究』Vol.22,No.2(1996)

Ⅰ 社会福祉とイデオロギー

a、社会福祉とイデオロギーとの関係

 ここで社会福祉とは大きく捉えて現代産業社会の生活問題に対する社会的援助ないしサービスとする。社会福祉とはその対象者利用者から見れば、特定の場合に即したその場その場の(実存主義的)主観的なものであるが、特定の国や社会の制度として、その総体として全体的巨視的に見るならば客観的なものになる。そしてそれは時代と共に変わって行く。社会福祉とは歴史的なものである。

 社会福祉の制度にとって、価値ないしイデオロギーは重要な要素である。イデオロギーとはいろいろに解釈されるが、ここでは体制イデオロギーとして捉える。すなわち、その社会の基本的在り方についての価値選択の体系であり、それはしばしば複数であるとしても、社会的潮流としてのエトスとであり時代の精神である。それは普通〇〇主義という言葉で表される。

 

 イデオロギーはつい先日までは主として体制イデオロギーとして資本主義対と社会主義との対比における二極択一として用いられたが、共産主義の挫折とその後の展開によって、局面が変わり様相も複雑となってきた。本稿の目的はは社会福祉のタイプの変遷とイデオロギーとの関係を論ずることである。社会福祉の発展とその背後にあるイデオロギーの解明である。大雑把であるが、私なりにとらえた福祉をめぐるイデオロギーの対立と変動を概観し展望したい。

b、イデオロギーと福祉モデルの分類

 イデオロギーとそれに対応する福祉のモデルの分類はいろいろな学者が試みている。アメリカのウィレンスキーとルボーは早くから資本主義とそれに対応する残余的(residual)モデルと社会主義に対応する制度的(institutional) モデルの概念を導入した1)。リチャード・ティトマスは「残余的福祉モデル」「産業的業績達成モデル」「制度的再分配モデル」の三つのカテゴリに分類している2)。二分法でないので論理的に割り切れない所があるが、第二の「産業的業績達成モデル」はわが国などのような経済優先の傾向の強い状況の説明に有用であろう。

 T・H・マーシャルは社会主義と福祉国家主義と保守主義に分けた3)。ロバート・ピンカーもマーシャルの立場に近いが、制度的と残余的との二つの対極に対し、中間の第三のモデルの主体性を強調し、新重商主義的集合主義という言葉を打ち出している4)。 その他にも例えば、ヴィック・ジョージとパウル・ワイルディングは一九七六年の『イデオロギーと社会福祉』5)という本で、社会福祉をとりまくイデオロギーを「反集合主義」「消極的集合主義」「フェビアン社会主義」「マルクス主義」の四つに分類した。集合主義(collectivism)とは英国流の言い方で、資本主義を廃絶するという意味の社会主義でなく、個人主義、自由主義に立ち資本主義を認めながら社会主義的方策をとる立場である。

 同じ著者たちは、1994年の新版6)では、名称は代わったが殆ど同じ内容の「新右翼」「中道」「民主社会主義」「マルクス主義」に加えて、「フェミニズム」「グリーン主義」に分けている。この本で著者たちは各イデオロギーについて、四つの中心問題に対する考え方の違いを説明している。四つの問題とは、福祉における国家の役割、政策の可能性に対する評価、経済と福祉との関係に関する信念、理想社会の構成要素である。

 さらにヴィック・ジョージがロバート・ペイジと共編で一九九五年に出した『現代の福祉思想家たち』7)という本では、上記の六つのカテゴリに加えて、「人種/反人種主義」を挙げている。それらは、現代社会のイデオロギー対立の基本は変わらないが、女性の地位、環境保全、人種問題やナショナリズムの台頭などの新しい状況の一面をほのめかしている。