Ⅱ 二〇世紀におけるイデオロギーと社会福祉の展開

a、T・H・マーシャルの説明

 二〇世紀も終わりに近づき、二一世紀を展望するようになった。社会福祉の発展を二〇世紀の大きな流れの中に大観することは意味があることであろう。

 T・H・マーシャルは現代福祉国家を一九世紀後半にその発端があるるとし、その著『二〇世紀におけるソーシャル・ポリシー』の中で一九世紀末の英国のイデオロギー状況を次のように整理している8)。この箇所は私が一九六八年に『現代社会福祉入門』(9)を書いた時、ここを読んで目を開かれた思いがし、構想とパラダイムの基礎にさせてもらった箇所である。

 「我々はここで三つの思想の流れを区別することができる。第一に純種の社会主義の流れがある。これは個人企業からなる<資本主義体制>と自由主義経済は、非効率的であり不公正であるという信念から出発する。それは一種の無政府状態であるから政治権力によって計画され方向づけられる事物の合理的秩序によって置き換えられなければならない。そのような秩序においては、すべての人々のニーズが自動的にその体制それ自身の作動によって充足されるばかりでなく、現在満足を求めてやかましく要求されているニーズの多くは存在しなくなるであろう。なぜなら、その原因、すなわち、主として生活における貧困・不潔・不衛生がなくなるからである」。「これは初めフェビアン主義者によって追及された思想の系統である」。

b、福祉国家の成立

 そしてそのような流れの中で成長した第二次大戦後の福祉国家の成立を論じた箇所では次のように述べている。

 「<英国福祉国家>の中心的柱は、<教育法><国民保険法><国民保健サービス法>であった。それらはそれぞれバトラー、ベヴァリッジ、ベバンというひとりづつの保守主義者、自由主義者、社会主義者の名を連想させる。世紀の初まりにおける社会政策の混在した起源を想起する時、<福祉国家>が徐々に日の目を見たとき、それが混合した血統に由来したということを見出だしても驚くにあたらない。その後の十年間に<福祉国家>が再評価の対象になったとき、その批判者は三つの政党すべてに発見された。ある批判者は原則を批判し、他の批判者は実践を批判した。そうかと思うと、他の批判者は、自分の理想に向って忠実に行動していないとしたのである。<福祉国家>の基本理念と方法を受け入れたどの国よりもそれを誕生させた国家が最も強烈な挑戦を受けたというのは奇妙な事実である。<福祉国家>はこれらの攻撃にもちこたえ、一九六〇年代の、さらに深く考察された建設的な批判に引き続き直面するのである」10)

 T・H・マーシャルは、すでに一九四九年の有名な「市民資格(citizenship) と社会階級」という論文において、市民資格の内容を公民的権利、政治的権利、社会的権利の三つに分け、英国では公民的権利は一八世紀に、政治的権利は一九世紀に、社会的権利は二〇世紀に国民のものとなったのであり、社会的権利の獲得によって英国は福祉国家となったと述べている11) 現代社会で社会福祉といわれているものを大きく捉えると、一九世紀の資本主義社会が生んだ貧困と失業という二大社会悪に対する対応として生まれてきた社会的対策の体系である。それはその社会の全ての成員に対してその文化に応じた最低生活を保障する機構である。福祉国家主義とはその責任を国家が負うのであり、国家による公的福祉が主軸となった。

 貧困と失業という二大社会悪に対する対応として、二〇世紀はマルクス主義に基づく共産主義と福祉国家主義と呼ぶ二つの体制を持った。前者は第一次大戦を契機に世界を二分する勢いで発展した。第二次大戦では共産主義はファッシズムに対抗して自由世界と手を結んだが、終戦と共に冷戦が始まり、そして一九八〇年代末ソ連でのゴルバチョフのペレストロイカを契機とする共産主義の崩壊で大局的には終結した。

 共産主義はなぜ崩壊したか。それは大きな功罪を伴った世界的な壮大な実験であったが、大きな犠牲も伴い、人類に対して大きな教訓を残した。ある意味での経済的平等を達成したが、経済的階級をなくそうとして政治的階級がはびこった。私はその人間理解に浅さがあったのではないかと思うが、いずれにせよマルクス主義の失敗をどのように評価するかは大きな課題である。

 福祉国家を来たらすための方策はソーシャル・ポリシーの分野である。T・H・マーシャルはその目標を、一般的合意の得られやすい順に、1、貧困の削滅、2、福祉の極大化、3、平等の追及とした12)。英国では、ベヴァリッジ、R・H・トーニー、ティトマス、T・H・マーシャルやその他の人々が、労働運動とも相俟って福祉国家の手段的方策の創出に貢献し、そこに自ずから方策のセットが出来上がった13)。すなわち、ベヴァリッジのいう五巨人悪に対応して、社会保険と公的扶助の組み合わせによる社会保障制度、完全雇用政策、積極的優遇を含む医療・教育・住宅・ケアなどわたる諸社会サービス、財源調達としての相続税・累進的所得税などの再分配制度、などのセットである。